子どもの気持ちを真ん中に。学校のそと、学び続けられる場をつくる【まちつくインタビューvol21.小川美穂さん 】
栃木県真岡市で、まちづくりに取り組む方々の想いを伺うインタビュー!今回は、オンライン・オフライン両方を駆使して子どもの居場所づくりに取り組む、NPO法人ハロハロラボ代表の小川美穂さんにお話を伺います。
「やってみたい」を尊重する学びの場
―小川さんのご活動を教えてください。
オンライン、オフライン両方で子どもの居場所づくりをしています。
オンラインでは、学校に通っていない全国の小中学生20人くらいが参加してくれています。オンラインでの活動は、主にミーティングと会員制のSNS。ミーティングは平日に毎日、朝から晩まで6、7回ほど開催しています。たとえば朝の会では、「今日は何の日?」という話題から始まって、カレーの日であれば世界のカレーをみんなで調べてみたりします。一つの話題から学んだり遊んだりして、誰かと話す習慣や、朝決まった時間に起きる習慣を付けてもらうのが狙いです。
会員制のSNSはミーティングとは違って、好きな時間に好きなことでつながる場です。例えば「今から手品をします!火を使わずにポップコーンを作ってみせます」と動画を投稿する子もいれば、自作したUFOキャッチャーを撮影してくれる子もいます。クラブ活動もしていて、作った作品を見せ合うアート部や、日常の中で「顔」に見えるものを探して写真を投稿し合う「顔が見える部」など、さまざまな活動をしています。
オンラインは、場を設けただけでは子どもたちが飽きて来なくなってしまうので、毎日楽しいことを作り出さないといけません。そのため、子どもたちとやってみたいプログラムを考えて実行しています。
例えば「ハロハロ商店街」。子どもたちが自分の好き・得意を模擬販売するイベントです。描いた絵や集めた石などに自由に値段をつけ、お金を用意してやりとりします。実際には金銭のやりとりはしませんが、外に出にくいときにお買い物の擬似体験ができる仕組みになっています。
「オンライン遠足」もやりました。実際に出かけられないので、オンラインで繋がれる施設や団体を探して片っ端から電話をかけて(笑)。その結果、兵庫県のマリンワールドさんがボランティアで協力してくださり、人気のトドのショーをオンライン中継してくれました。トドたちはとても頭が良く、オンラインでかけた声に反応して動いてくれるんです。事前にトドがどんな生物なのか学んだり、飼育員さんに質問したり、お礼のお手紙を書いたりすることもでき、いろいろな学びになりました。
島根県のバス会社さんにご協力いただき、松江城をオンラインで案内していただいたり、外国の方とつないで海外の文化や歴史などを教えていただいたりと、活動は多岐にわたっています。
オフラインの場づくりは、2023年5月から始めました。真岡市を拠点にさまざまな公民館を転々としていましたが、11月から真岡鐵道久下田駅の駅舎を借り、定期的に開催しています。活動内容は日によってさまざま。粘土をやったり外の公園で体を動かしたり、学習やゲームをしたりと、思い思いに好きなことをしています。こちらは近隣にお住まいの10人くらいが参加していますね。
どちらの場でも大事にしているのは、お子さんたちの気持ちを大事にすることです。好きなことがあれば、それをとことんできるようにするし、やりたいことがないならそれでも良いんです。今の子どもたちはいろいろなことを求められ、やるべきことが多くて大変だと思うんですよね。何かをやってもいいし、やらなくてもいい。子どもが息を抜ける場所をつくりたいと考えています。
ーハロハロラボという名前は、どんな由来がありますか?
この名前も、子どもたちと一緒に決めました。「ハロー」と言い合える場所という意味と、フィリピンで使われているタガログ語の「ごちゃ混ぜ」という意味を掛け合わせています。好きなものはみんな違うけれど、ごちゃ混ぜになってみんなと繋がれる場になればという思いがあります。
ラボは実験室ですよね。スクールではできないことも、まず自分でやってみる。その一歩を応援して、失敗も成功も経験できる場になればと思っています。
子どもの「今」は今しかない
ーなぜハロハロラボを始められたのですか?
きっかけはコロナです。私には2人子どもがおり、下の男の子は持病を持っていました。「コロナに罹ったら重症化か、命に関わることがあるかもしれない」と小児科の先生に言われたのです。
それまでは保育園に通わせてフルタイムで働いていましたが、感染リスクを考えて保育園をやめ、私も仕事をやめました。
小学校に上がったばかりのお姉ちゃんも無症状でコロナをもらってきてしまう可能性があるため、一時家で勉強してもらうことに。しかし、小学校や保育園に通わなくなると、他の子どもや外の世界との関わりがなくなって、我が家は孤立してしまいました。
家から出ることができなくても外と関わりを持てないかと探しましたが、真岡ではなかなか見つかりません。でも、お子さんや親御さんが病気だったり、事情があって外出できないご家族はどこかにいるのではないかと思いました。オンラインだったらどうだろうと探したところ、子ども同士で自由に話したり遊んだりする場を求めている方々が見つかったのです。
そこで2021年1月に、初めてzoomで子どもたちの交流の場を開きました。続けているうちに、学校に登校しづらさを抱えているお子さんたちも参加してくれるようになって、今のハロハロラボにつながりました。
自分が小中学生だった頃は、不登校の子どもたちが何に困っているか考えたこともありませんでした。でも、子どもが学校に行けない状態になって初めて、授業を受けられないしプリントももらえない、人との繋がりもない状況に直面し、サポートが必要だと実感したのです。
今は私が子どもの頃よりも不登校の子が増えていて、2022年度は29万9048人。前年度から5万人近く増えて過去最多となったそうです。その9割はおうちにいて、どことも繋がれないし、学びの機会が奪われてしまっています。そこへのサポートもできればと思っています。
ー自分でやろうと踏み出すのは、難しくはなかったですか。
学校の先生方は忙しくて無理だし、行政のサポートが得られたとしても予算や決定を待っていると数年かかってしまいますよね。3年かかるとしたら、今小学1年生の子どもは4年生になってしまう。大人の3年はなんともなくても、子どもの3年は本当に大きいです。子どもの「今」は今しかない。だから、下手でもなんでもいいから、まずやってみることにしました。
感じたままの気持ちを大事に
ーハロハロラボを始められる前は、何をされていましたか?
ずっと会社員でした。初めは、途上国の女性のエンパワーメントや地域づくりに興味があり、大学院まで国際開発を学んでいたんです。その後、環境財団に入りたくてイオングループに就職。しかし希望通りにはならず、3年ほど千葉や新潟の店舗で現場を担当することに。接客、レジ、衣料品、精肉など、いろいろな部門を経験しました。新潟の雪の中で「私は何をしているんだろう」と呆然としましたが、3年くらいやらないと職歴にもならないと、なんとか働いていました。
するとその後、グループ本社の人事に異動することに。環境財団には行けませんでしたが、そのすぐ近くで人事や教育、役員の秘書などを経験できて面白かったです。どれも全然知らない世界で、学ぶことがたくさんありました。お金をいただきながら勉強させていただいている感覚でしたね。
その後、真岡出身の夫と結婚し、Uターンして近隣のグループ店舗で総務課長のような立場で働いていました。ただ、また人事教育の仕事がしたいという思いがあり、転職を決めたのです。
次の職場は自動車部品を作っている、外資系企業の人事でした。外資系だったのでいろいろな国の方と教育部門をつくる仕事もあり、海外の方と関われるのが面白かったです。
ただ、職場環境は良いとは言い難く、精神的に参ってしまう従業員も多くいました。そこで、自分から手を上げて産業カウンセラーの資格を取らせてもらい、カウンセリングも行うように。そこで、「自分の気持ちを大事にすること」の大切さを学びました。
自分の受けた教育や学校で学んだことを振り返ってみても、「あなたの気持ちはどうなの?」と聞かれることが、ほとんどなかったように思うのです。大体、「眠いなんて言っちゃダメ」「我慢しなさい」などと言われて、気持ち自体を否定されてしまう。そのうち、自分でも自分の気持ちをなかったことにしてしまうのです。
その結果、気持ちを蔑ろにして頑張りすぎた従業員は精神的に参ってしまっったり、ストレスが溜まって部下にパワハラをしてしまったり、負の連鎖が生まれていました。従業員の話を聞いてどうすべきか考えていく中で、まずは素直な気持ちを否定せずに一度受け止めることが重要だと学びました。
これは会社だけでなく、学校も似ていると思うのです。無言で集合させられたり、連帯責任と言われたり、我慢、辛抱を覚えなさいと言われたり。それが必要な面もあるけれど、理不尽なことがあったらそれに耐えるのではなく、どうやって変えていけばいいのか、人と話し合いながら物事をより良くしていく術を学ぶべき。だからハロハロラボでも、まず自分の気持ちを大事にするよう心がけています。
「楽しい」気持ちが未来をつくる
ー最後に、今後の展望を教えてください。
今関わっているみなさんを大切にしつつ、さらに活動の輪が広がっていくといいなと思います。
特に今後は、子どもも大人も多世代でつながれる場所を作っていきたいですね。まちには、飲食や美容や電気や自動車など、さまざまなお仕事をされている地元の方がいます。加えて真岡には、どんど焼きなど自治会単位で続いている豊かな地域の伝統行事もあります。まちのさまざまな世代の方々と交流することで、学校では教われないような話を聞いて、学べると良いと思うのです。
いまのまちには、世代を超えて集まれる場所が少ないと感じます。分断されて自分と違う世代の事情を知らないと、どうしても寛容になれずに、大人から子どもの声がうるさいなんて苦情が出てきてしまいます。それがどんどん規制になって、公園ではボール遊びも自転車遊びもできなくなっているのが現状です。
子ども側も、さまざまな生き方の大人に触れることは大切です。失敗は悪いことのように言われますが、実際、私たちはたくさん失敗をしています。そのリアルが伝われば、少しは生きやすくなるのではないかと思うのです。
学校だけに子どもの教育を押し付けるのではなく、学校も地域の方も一緒に、好きなことを楽しく学び、遊べる場を作っていきたいです。
私は社会教育士として活動していることもあって、どんなことも前向きに学び続けられることが、幸せに生きることだと考えています。最近読んだ本に、「大人は子どもに、楽しいしか渡せないし残せない」とありました。確かに、イヤイヤだったり、無理矢理やらせられたことはあまり覚えていません。でも、楽しかった記憶は残っているのです。
だから活動を通して、子どもたちには「楽しさ」を手渡せたらいいなと思っています。それがきっと大人になったとき、わからないことがあれば聞いたり、興味を持って調べられたりする、学び続けられる力になると思うからです。
取材、文章、写真:
粟村千愛(地域おこし協力隊